この頁は
2002年10月12日深夜
新宿ロフトプラスワンで行われた
『新耳袋』トークライブ26回目について
玄関ホールに揚げたルポと、その後日談をまとめたものです。
事の次第については、『新耳袋』著者である木原浩勝氏から話を伺い、
Web上に揚げる許可を頂いております。
さて、その最初のルポ
この段階ではちょっと変なことが起きたなあという程度でした。
2002/10/14 イベント |
『新耳袋』トークライブ@ロフトプラスワン
おなじみ怪談トークライブ、今回は中山市朗さん抜き木原浩勝さん一人での5時間。
終盤、松本楽士さんとロフトプラスワン斎藤さんが舞台にちょっと上げられて、 最近体験した話を語ってました。 特に斎藤さんのは、ロフトプラスワンの今まさに話してる壇上にまつわる話で、 なかなかよかったのですが、怖かったのはそれとは別に。 ちょうどその話をしてる最中、このステージの向かって右側、 個室のようになってるブース内で、人のざわめくような音が聞こえたことです。 無人だったのに。 |
しかしどうもそれだけではなさそうだという気分はありました。
5時間に及ぶライブの半ばほど、休憩時間になるまでに
会場の空気が異常に重くなっていったからです。
そして気温の低下。これもかなり異常なほどに。
もう夜になると冷え込んでくる時期、
それにいつものライブに比べれば若干人が少ないとはいえ、
さして広くもない会場に100人以上は客がいるので、
そんなに寒くなるはずはないのです。
しかし脱いでいた上着を着込み、
セーラー服のコスプレをしていた店員さんが
カーディガンを羽織るほどになっていました。
休憩時間にお客さんから冷房を止めてくれという要望が店に伝えられましたが、
その時送風はしていても冷房は切ってあったのだそうです。
それまでのトークライブでも気温が低下することはありました。
話がかなりマジでやばい場合です。
つまり長くても30分程度だったのが、
今回は一つの話に限らず、前半を通じてどんどん気温が下がっていくという
今までにない体験でした。
そしてルポを載せた2日後に事の詳細を聞く機会があり、
掲載したのが下の文。
2002/10/17 トークライブその後
今日の文章は長いです。
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![]() 新耳袋トークライブ@新宿ロフトプラスワン
3日前とほぼ同じ画像ですが、ご勘弁を。
左が著者の木原浩勝さん、右は松本楽志さん。 昨日書いた、12日夜から行われたトークライブでの怪異の話続報です。 右に映ってるモニター〜舞台を映しているもの〜が、突然切れました。 壇上ではちょうど『新耳袋』に掲載されているある山に関する話をしているとき。 ロフトにはもうかなりの回数いってますが、モニターが切れるなんていうのは初めて。 アンケートに「モニタが切れる前にフラッシュ炊いた人がいましたね」 その話の少し前から、松本楽志さんが舞台に上がっていました。 ちょうどそのころ、ぼくの知人たちはある物音を聞いていました。 その音がしている頃。木原さんは三十回近いロフトプラスワンのライブでも初めてという体験をしていました。 木原さんから見て左手、つまりそのブースの方から誰かがじっと見つめてる視線を感じる。黒い影のようなものも視界のすみに見えるような。ちゃんと見てみるとやはり誰もいないのに。さらには、そのブースからひそひそと話してる声まで聞こえてくる。 しかし、モニターは切れた。 次の怪異は逆方向で起こっていました。 舞台下手(しもて)には二階席があり、そこには一人だけお客さんがいました。その人が突然、スチール製の階段を凄い勢いで駆け下りてきたのです。「転がり落ちるように」という形容がぴったりな、そんな降り方は初めて見ました。何も言わずに出口に近い席に向かっていったので、トークライブはそのまま続けられたのですが、後でその本人から木原さんに電話があり事の次第が判明しました。 その人は何度もライブに来てる人で、例の山の話が始まると、すでに聞いた話だったので、二階席にあるコミックを読み始めました。 深夜というより明け方近くでもあり、そのうちにうつらうつらとしてきてしまい………… 二階席には彼一人だけでした。人の肩になんて、ぶつかるはずがない。 しかし。 もうじっとしていることは出来ず、その上ってくる人影を押しのけ、掻き分けるようにして落ちるように階段を下りていったのでした。 アンケートにこういうものもあったそうです。 「新耳袋」に収録されない話のうちに、因縁話があります。怪異、その現象を語る本であって、因縁を解明したり語ったりする本ではないからなのだそうで。 因縁話ばかりだったのは意図ではなく、共著者の中山市朗さんが急遽大阪から来られなくなり、木原さん一人でやることになったために、取材した話ばかりでなく自身の体験、自分の母親など肉親にまつわる話から始めていったためです。そういう経緯を経て、怪異を収集するようになったのでした、というのが前半の山だったのですが、それは、指摘されてみれば確かに全て因縁話。 プロジェクター上映されたビデオ、心霊写真とそれにまつわる話もあったのですが、どうもそれも因縁話めいていて、それが全て偶然なのか、何かに導かれるようにそうなったのか、自分ではわからないとのことでした。 神社でのお払いも終わって、自宅と別の仕事部屋に帰った木原さんは愕然と立ちすくみました。 山とつまれた資料で近づくことも容易でない押入、中からも資料に押されて半開きのまま開け閉めが簡単には出来ないそのふすまが、がばっとあいていたのです。誰もその部屋に入ったはずがないのに。 |
この2回目の記事では欄外にこう書きました。
うーん、今日の写真にも、見える人には何か別のものが見えるんでしょうか。 |
その記事をアップして1時間も経たないうちにさる人からメールが届きました。
怪談系の写真をアップすると、普通の人には見えない何かが写ってることがあるらしく、
時々こういうものが見えます、とメールを頂く人からです。
今回も案の定、見えるそうです。
二枚とも。